【斎場御嶽(せーふぁうたき)】旅行記

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斎場御嶽

恩納村から沖縄本島南部の南城市まで車で60分。さらに海に向かって東へ車を走らせると、沖縄最高位の聖地『斎場御嶽 せーふぁうたき』に到着です。

斎場御嶽は、琉球国王が国家行事で参拝していたほど琉球神道にとって重要な地。
信仰がない観光客でも、2つの岩が作り出す三角形の空間を目にすると、神秘的な気持ちになります。

今回は、斎場御嶽の旅行記です。
ガイドブックで見たあの三角形。実物を見に行きました。

いそぽん

斎場御嶽は世界文化遺産に登録されています

斎場御嶽の場所
楽天トラベルレンタカー那覇空港
目次

アマミキヨが創った斎場御嶽

御門口の前に並ぶ灯篭

東に神の島『久高島』を望む丘陵地帯、亜熱帯植物が生い茂る森が斎場御嶽です。
琉球神話によると、斎場御嶽は沖縄の島と人を生み出した女神『アマミキヨ(アマミク)』が創成した地で、最高位の聖地に位置付けられています。

琉球王国の最高神女『聞得大君 きこえおおきみ』の即位式が行われた霊験あらたかな御嶽。国王の参詣は国を挙げての行事だったようです。

案内板にはこのように書かれていました。

斎場御嶽は、琉球王朝時代に王府が整備した国家的な宗教組織との関連が深い、格式の高い祭祀場でありました。 せーふぁ (霊威の高い聖なる場所)の名前が示すように、巨岩や聖樹に囲まれた空間には、首里城内にある部屋名と同じ名前の拝所があり、 当時の王府と斎場御嶽の関わりの深さをみることができます。琉球最高神女である聞得大君の、就任儀礼「お新下り」の御名付けがこの地で行われたということは、王権を信仰面・精神面から支えていた証でもありましょう。現在でも、聖地巡拝の習慣を残す東御廻り(あがりうまーい)の聖地として、参拝客は後を絶ちません。
お新下り…おあらうり

現代だと、天皇陛下や首相が参拝する伊勢神宮に近い場所かもしれません。

東御廻り [あがりうまーい] とは?

沖縄を創ったと伝えられる女性神『アマミキヨ』にまつわる霊地を巡礼する行事のこと。14か所ある。
1.園比屋武御嶽 2.御殿山 3.親川 4.場天御嶽 5.佐敷上グスク 6.テダ御川 7.斎場御嶽 8.知念グスク 9.知念大川 10.受水・走水 11.ヤハラヅカサ 12.浜川御嶽 13.ミントングスク 14.玉城グスク
参考:らしいね南城市

見どころは6か所の神域と森

見どころは琉球国王も参拝した6か所の神域(イビ)

コロナの影響で三庫理とチョウノハナは立入制限中。解禁されるまでは4か所の巡拝です。
斎場御嶽のお知らせ&新着情報(公式サイト)

現代の斎場御嶽観光は南城市地域物産館から始まる

斎場御嶽に入る前に、現地から徒歩10分弱の場所にある『南城市地域物産館』でチケットを購入します。斎場御嶽では購入できません。現代の斎場御嶽観光のスタート地点は『南城市地域物産館』です。

斎場御嶽駐車場の外観
南城市地域物産館
斎場御嶽入場券売り場

駐車場

斎場御嶽駐車場

駐車場も『南城市地域物産館』。駐車料は無料です。
午前9時頃はまだ空いていて余裕で駐車できましたが、10時半頃には結構埋まっていました。

駐車場の雰囲気

満車だったら、さらに奥にある知念岬公園の無料駐車場が便利です。

知念岬公園の駐車場
知念岬公園の駐車場

南城市地域物産館→斎場御嶽入口 約500m
知念岬公園→斎場御嶽入口 約800m

航空画像では斎場御嶽入口に駐車場が見えるものの、一般客は利用できません。

入場料

入場料 1人分
大人(16歳以上)300円
小・中学生(7歳~15歳)150円
6歳以下無料
団体(大人20名以上)200円
2023年3月時点

今も変わっていなければ、支払方法は現金のみ。券売機でチケットを購入します。

ガイド(追加料金)

予約ガイド
2日前の17時締め切り
基本料金1~2人まで…1組2,000円
3~19人まで…1人1,000円
20人以上…1人800円
所要時間約60分(相談可)
出発時間9:00-16:00
定時ガイド(土日祝限定)
新型コロナウイルス感染症対策のため休止中
料金1名300円(高校生未満無料)
出発時間9:30、10:30、11:30、12:30、13:30、14:00、14:30、15:00、15:30・16:00
2023年3月時点

斎場御嶽へ

斎場御嶽駐車場すぐの横断歩道を渡る

先を行くお二人はガイド付きのようです。

せいふぁのみち。舗装された緩やかな上り坂

横断歩道を渡り、知念郵便局を右に曲がると、『せいふぁの道』。
約400mの緩やかな上り坂です。

斎場御嶽の入場口「緑の館・セーファ」

南城市地域物産館から7分ほど歩いたところで、斎場御嶽入口『緑の館 セーファ』に到着。チケットを提示して館内に入ります。晴天無風の沖縄は11月でも暑かったです。

史跡に入る前に、斎場御嶽の概要や御嶽内での注意事項、参拝マナーの説明ビデオを鑑賞。

緑の館セーファから御嶽に入る入口

ここからが御嶽。緑の館セーファは御嶽との境界線。
扉の向こうは聖地です。

緑の館セーファでは靴(サンダル)を貸出しています。史跡内は石畳で歩きにくい場所もあるため、ハイヒールなどかかとの高い靴で来てしまった人への配慮です。

斎場御嶽の石碑
斎場御嶽の順路の看板

順路の案内はありますが、公式サイトの斎場御嶽マップをブックマークしておくと便利です。

順路に沿って歩いていると、封鎖された道がありました。

ウローカーに続く道。斎場御嶽からは入れない

崖崩れで封鎖されたままだそうです。この先にあるのはウローカーという泉。東御廻りの際、その泉で禊 [みそぎ] をしてから斎場御嶽に向かったそうです。

斎場御嶽全体図とウローカーへの道

琉球王国時代は、この参道を通るのが正規ルートだったようです。

久高島遥拝所

斎場御嶽『久高島用拝所』午前中は逆光で見にくい

上り坂の参道を進むと、パッと視界が開ける場所にたどり着きます。ここは久高島遥拝所。東の方角には、琉球創世の伝説が残る神々の島『久高島』を望めます。

斎場御嶽から約6kmの距離にある久高島は、天から降臨した琉球創世の女神『アマミキヨ』が最初に作った島とされ、その後も多くの神々が降り立ったと言われています。

久高島遥拝所から見える久高島

太陽信仰だった往時、久高島とさらに先に昇る朝日に向かって、お祈りをしていた光景が目に浮かびます。

いそぽん

午前中は逆光でした…

御門口 -うじょうぐち-

久高島遥拝所のすぐ左にあるのが御門口 [うじょうぐち] 御嶽のさらに奥に進む入口です。

斎場御嶽の御門口

今は誰でも通れる入口ですが、当時は神事をする人しか通れなかったそうです。神事は女性神職の務めだったので、この先は男子禁制でした。琉球国王でさえも、先に進むときは女性の衣装を身にまとったそうです。

通行を許されない人のために、御門口には香炉が置かれています。

御門口に置かれている6つの香炉

御門口と書かれた看板の下、石段の右隅に六つの香炉(お線香を置く台)があります。これらの香炉は御嶽にある六つの拝所の分身とされ、ここで祈ることが参拝の代わりになっていました。御門口は神社でいうと拝殿のような場所だったようです。

斎場御嶽の参道はジャングルのようになっている

御門口の先はジャングルのような森。蚊が多い。

斎場御嶽の石畳

石畳の道は濡れていると滑ります。歩きやすい靴を履いていきましょう。

大庫理 -うふぐーい- 【拝所】

斎場御嶽「大庫理」

石畳の道を進み左側に見えるのが、最初の拝所『大庫理 [うふぐーい]

案内板にはこう書かれていました。

首里城正殿の二階は大庫理と呼ばれ、祭祀的な機能を持つ格式の高い場所です。聞得大君のお新下り儀式での「お名付け(霊威づけ)」儀礼が、首里城と同じ名前を持つこの場所でとり行われたのは、その名にふさわしいことと言えましょう。前面にある磚 [せん] 敷きの広間では、神女たちが聞得大君を祝福し琉球王国の繁栄を祈りました。

斎場御嶽「大庫理」の正面

首里城の大庫理は王妃や位の高い女官が使っていた部屋。女性が使う祭礼の場という共通点があり、首里城と斎場御嶽の強い繋がりを感じます。

斎場御嶽「大庫理」少し広めの石畳の先に、小上がりの祭壇がある

岩山に向かって拝所があります。手前に広がる石畳みのステージは祈りの場で御庭 [うなー]と呼ぶそう。私たちが足を踏み入れていいのはウナーまでです。

斎場御嶽「大庫理の祭壇」香炉が置かれている

砲弾池(艦砲穴)

斎場御嶽の艦砲穴(砲弾池)生い茂る植物の中で土がむき出しになっている

御嶽のさらに奥、2番目の拝所に向かう途中に、土がむき出しになっている場所がありました。草木が生い茂る森の中で少し異様に感じます。

ここは、戦争の爪痕。第二次世界大戦末期の沖縄戦、約3か月にわたる連合国軍の激しい攻撃により、砲弾が着弾してできた艦砲穴(砲弾池)です。当時は3mほどの深さだったとか。

斎場御嶽の艦砲穴(砲弾池)に水が溜まっている
水が溜まると池のようになる

空を飛び交う銃弾と砲弾は、後に「鉄の暴風」と形容されるほど激しく、沖縄の地形を変えてしまったほど。
沖縄の至るところにあった艦砲穴の大半は戦後に埋められましたが、この地では戦争遺跡として残しているそうです。

ジャングルのような参道を歩くつまぽん

ジャングル道は続きます。

寄満 -ゆいんち- 【拝所】

斎場御嶽「寄満(ユインチ)」岩山がぽっかりと口を開けているよう

2番目の拝所『寄満 [ゆいんち]

寄満とは首里城内にある建物の名で、国王のために食事を作る厨房を指します。当時、ここには国内外からの海幸・山幸が集まりました。それが、「豊穣のつる所」と理解されていったのでしょう。同じ名前を持つ斎場御嶽のこの場所には、第二次世界大戦前まで、その年の吉兆を占う馬の形をした石(うまぐゎーいし)が置かれていました。

首里城の寄満 [ゆいんち] の意味は分かっても、この場所を寄満と名づけた理由はよくわかりません。

ネットで検索すると、『貿易の盛んであった当時の琉球では、世界中から交易品の集まる「豊穣の満ちた所」と解釈されています。』と解説されていますが、ここに交易品を持って来たとは思えません。

個人的には、五穀豊穣に関する祈りを捧げる場所で、交易品をお供えしていたから寄満と名づけたのかなと想像しています。

斎場御嶽「寄満(ユインチ)」
基壇に向かって一段高い石畳が敷かれている。岩の上には木々が生い茂り、口を開けた怪物のように見える

寄満は三角形の岩に匹敵する景観。拝所に伸びる一段高い石畳がより神秘性を高めています。浸食によって岩がせり出す形になったようですが、この異様な光景を前に、当時の人々が神を感じたのは自然なことかもしれません。

私には大きく口を開けて牙を見せているモンスターにも見えました。

斎場御嶽「寄満(ユインチ)」
香炉が並べられている

多くの願いを受け止めてきたであろう大小の香炉が岩壁に沿って並べられています。

斎場御嶽の参道に立つ根がむき出しの木

3番目の拝所を目指してジャングル道を進みます。

アマダユルアシカヌビー 【拝所】
シキヨダユルアマガヌビー 【拝所】

いよいよガイドブックで見た三角空間の岩もお目見えです。

斎場御嶽の三角岩と周辺のイラスト

焦らず順番どおりに3番目と4番目の拝所へ。『アマダユルアシカヌビー』と『シキヨダユルアマガヌビー』と呼ばれる2つの壺が置かれています。

壺が2つ並んでいる。参道側がアマダユルアシカヌビー 、奥がシキヨダユルアマガヌビー

参道側(写真右)がアマダユルアシカヌビー 、奥(左)がシキヨダユルアマガヌビー。

ここに壺がある理由は見上げると分かります。

鍾乳石の下にアマダユルアシカヌビーとシキヨダユルアマガヌビーが置かれている

窪んだ岩の天井から伸びる2本の鍾乳石。壺はここから落ちる水を受けるため。中に溜まった水は聖水として祭祀や占いに使われてきました。神聖な水なので、壺も水も触れてはいけません。お賽銭も入れてはいけません。

右がアマダユルアシカヌビー 、左がシキヨダユルアマガヌビー

聖水をどう使っていたかというと、右のアマダユルアシカヌビーは、首里城の王子(中城御殿・国王の跡継ぎ)の水撫でに、左のシキヨダユルアマガヌビーは聞得大君の水撫でに使われていました。
溜まった水の量で吉兆を占ったり、若水取りにも使われたそうです。

水撫で

『うびぃなでぃ』とも言い、溜まった水に中指を浸して額に撫でつける儀式のこと。この儀式によって神霊を授かり、神と同格になったといわれています。

若水取り

若水とは、元旦や立春の早朝に最初に汲む水のこと。縁起のいい水で、神前に供えたり、お茶をたてて体内に取り入れたりすることで、一年の邪気や不幸を払えると言われています。

壺が2つ並んでいる。参道側がアマダユルアシカヌビー 、奥がシキヨダユルアマガヌビー、写真の奥に貴婦人様御休み所がある

リーフレットでは2つの壺が拝所になっていますが、聖水のもとになる鍾乳石も含めて拝むのが正解な気がします。

この拝所一帯からは弥生時代の土器も出てきており、それらにも祭祀性が見られるそうです。そんな時代から特別な場所。感受性が強い人はここで何かを感じるかもしれません。

貴婦人様御休み所

アマダユルアシカヌビー、シキヨダユルアマガヌビー、貴婦人様御休み所

沖縄らしくない名称の『貴婦人様御休み所』。リーフレットには載っていません。

『女官御双紙』の記述に、高貴なお方が休憩された場所とある。
当時の高級神女たちがその席に着いたとき、供の者たちは前の御庭(ウナー)で
神へ奉納する歌や踊りをしたと考えられている。
石畳道は、この前を素通りする形で造られており、拝所ではないことがわかる。
基壇の周囲を切石でまわし、表面に石を敷き詰めた造りである。
南城市教育委員会 『斎場御嶽保存活用計画 – 全国遺跡報告総覧』より

位の高い女性神官限定の休憩所だったようです。

貴婦人様の御休み所
貴婦人様の御休み所
確かに休憩所っぽい雰囲気はある

そのまま視線を左に向けると、斎場御嶽で最も有名な場所『三庫理 [さんぐーい]』があります。

三庫理 -さんぐーい-(三角岩)【拝所】

三角岩

三角岩とも呼ばれる三庫理 [さんぐーい]。5番目の拝所であり、斎場御嶽の景観で最も紹介される場所です。

斎場御嶽の三庫理の岩。三角形の空間の頂点から青い光が流れ込んできている

地形的なものが影響しているためか、神秘的な色の光になることがあります。

三角岩から幻想的な青い光が差し込んでいる

いそぽんは青が好きなので、青色の光を見せてくれました。午前10時です。

三角岩の前に立つつまぽん
この状態が普通

どうして岩がこうなったかは、『国指定史跡斎場御嶽保存活用計画』を見れば大体のことは分かりますが、見たままの景色を楽しむ方がいいと思います。

三角形の空間は入口の役割があり、先には三庫理とチョウノハナの拝所があります。ですが、新型コロナウイルスの流行後に柵が設置され、奥まで行けません。

奥に三庫理とチョウノハナが見える

突き当たりに見えるのが三庫理の香炉。向かって右(西)にチョウノハナの香炉が見え、向かって左(東)は久高島を望めるようになっています。

チョウノハナ 【拝所】

三庫理とチョウノハナ

チョウノハナも三庫理と同じく立ち入り制限中のため、目の前には行けません。画像の右側がチョウノハナです。

三庫理は南側の岩壁に向かって祈り、チョウノハナは西側の岩壁に向かって祈ります。

チョウノハナ
三庫理とチョウノハナ
三庫理とチョウノハナのウナー

見てのとおり御庭 [うなー] は狭く、かねてより観光客がこの場所に入ることで礼拝者の祈りが妨げられることが問題になっていました。本来あるべき祈りの場としての機能を失うようなら、コロナに関係なく、立入禁止エリアのままにしておく方がいいかもしれません。

つまぽん

祈りをする人が第一優先ですね

三庫理から見る久高島

東側は久高島を望めるようになっています。朝日が昇り始めたときの三庫理とチョウノハナは、さぞかし幻想的な風景でしょう。

セーファ緑地
セーファ緑地

来た道を戻り、最後は公園を通って斎場御嶽観光は終了です。

斎場御嶽 ウローカー

道が封鎖されていたウローカーという泉。ここは斎場御嶽からは行けませんが、国道331号から行けるようです。ただ、現在は整備されていないかもしれません。

他の人の情報だと入口はこのあたり。以前は草木を刈って道になっていましたが、Googleマップでは入口が分からなくなっています。ハブが出る季節は危ないかも。

ウローカーには行っていないので、気になる方は動画をチェックしてください。

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